2011年4月18日着工
工期

職人
川口、竹内、星野、曽根
見積もり担当
菊池
現場監督・最終点検
竹内
住宅街の中にあるお宅の外壁塗装。戸塚区の周囲は僅かな自然や娯楽施設があり、交通の便も良い地域です。電車で数駅走れば横浜に到着し、海も見ることが出来ます。そこから更に進むと国内で初めてペンキを使って塗装されたと言う唐獅子などの飾り山門が残されていたり、元町には「塗装業発祥の地」と刻まれた碑もあって、そこかしこに塗装を何度も塗り重ねてきた歴史を感じることが出来る地域です。
東海道本線沿いの、目の前に集合マンションが広がるご自宅での工事でした。
すぐ傍の焼肉屋さんに、とても食欲をそそられます。仕事終わりなんか、ほぼ拷問のようなものです。
まっすぐ歩いた先には旅館がありますし、病院も立ち並ぶ「住宅街」です。近くにはボーリングセンターもありますので、遊ぶのにも事欠かなさそうです。
お寺なんかも近くにあるんですね。このお寺、雲林寺、というようです。
このお寺は曹洞宗寺院らしく、龍谷山と号すそうです。雲林寺は、竹下小次郎(法名寶珠院転玉浄輪禅門、永享9年1437年死)が開基となり創建、徳翁寺五世厳隆が中興開山したといいます。
「曹洞宗後山田村徳翁寺末龍谷山と号す。本尊三尊弥陀。開基は竹下小次郎と云ふ、永享九年九月十六日死、法名寶珠院転玉浄輪禅門、天正十九年の水帳にも村民善兵衛蔵当寺域は、舊き在住の地たるを以て除地とせし事見えたり、中興開山を厳隆といへり。本山五世、慶長十四年正月十五日寂す。白山社。(新編相模国風土記稿より)」
ところで、雲林寺なのに龍谷山って、なんで山っていうの?という疑問についてはこちらを参考に。山号(さんごう)の事など書かれています。
ちなみに塗装に関連したお寺というのもあります。
歴史では、横浜開港の時代。
日本でペンキというものが一番最初に使われたお寺です。
神奈川区の高台にある本覚寺と言いますが、このお寺の山門には唐獅子や蛙股などの木材で作られた空想の動物にペンキが塗られています。
もう150年以上前なのに、うっすらですがまだ赤色とわかります。
当時は西洋塗装法と呼ばれていたらしいのですが、当時のアメリカ領事館員が国から持ってきたものを塗っていたんですね。
このお寺にはもうひとつ全国塗装業者合同慰霊碑という塗装にゆかりの深いものが存在します。
元町には塗装業発祥の地というものがありますが、本当に横浜は塗装にゆかりのある街なんだなと痛感したりもしますね。
そんな場所でのまず最初の作業はいつも通りの高圧洗浄です。
サイディング壁も屋根も、長靴にノイズの先端を当てれば溶けてしまうような水流の強さで洗浄していきます。
だいぶ屋根も汚れがこびりついていて、職人の腕もなります。また壁だけではなく屋根の下も高圧洗浄。
先にも書いたとおり水流ですので、びしょ濡れになりながら洗浄しました。
まずは屋根の目荒らしから。目荒らしのことをケレンとも言います。ケレンの最中に鉄部の釘が緩んで飛び出しているのを発見しましたので、ハンマーで打ちこみます。
屋根の上塗り(最終段階の色)が濃い赤だったので、錆止めの塗料も赤さびを使いました。
破風の錆止めは白。こうして、色に合わせて錆止めの色も使い分けていきます。
そのまま、屋根の下塗りもします。
壁の傷んだシーリングは丁寧に剥がした後養生し、新しくシーリングを流し込みます。流し込み終わったら専用のヘラで綺麗に整えていき、最後に養生を剥がせばシーリングの交換は完了です。
翌日は屋根の中塗りです。ご自宅は隣接した場所でしたので、隣家の屋根に塗料が飛散しないよう気をつけて塗っていきます。
出窓の上も塗るので、塗料がこぼれおちて窓などにつかないように丁寧にしっかりと養生をして作業をします。
玄関前の水切り錆止めも、塗料がこぼれて玄関前に付着しないよう、注意しながら、しっかりと塗装を行っていきます。
各所の中塗りが終わったら最後は上塗りです。ローラーで全体を塗っていきます。先にダメ込み(ローラーが入らないところや境目を刷毛で塗っておく)をしているので、ローラーも動かしやすいです。
塗り終わったらサッシや軒の養生をはがしていきます。綺麗な線が出ました。
雨戸にも目荒らし(ケレン)をして細かい傷をつけます。こうすることによって、塗料の密着率を上げ、綺麗な仕上がりになります。
最後に雨どいや屋根の上塗りをし、細部の養生をはがして工事を終わりました。可愛らしいピンクの壁の家の完成です。